INTRODUCTION
ノイズにまみれた唯一無二の映像表現で観る者を哀しき虚無に突き落とす衝撃の問題作。ロッジ・ケリガン監督は、本作で世界的に評価され、ロックフェラー財団、全米芸術基金などからフェローシップを受け、世界最古の映画アーカイブであるジョージ・イーストマン・ハウスからは、今後の作品も含めて彼の全作品が保存対象に選ばれている。TVドラマ「THE KILLING〜闇に眠る美少女〜」(13-14)のエピソードを手掛け、「ガールフレンド・エクスペリエンス」(16-)の共同制作・共同脚本と監督をつとめている。
そのロッジ・ケリガンが初監督作として1993年に発表したのが、永久に人々の心を抉り遺す『クリーン、シェーブン』である。
徹底的に抑制されたトーンのなか映し出される主人公の目を覆う行動は、観る者に凄まじい疲労感を与え、観ること自体が拷問と言われたほどの衝撃的なインパクトを残す。観終えた後の切なさ、やりきれなさは一生脳裏にこびりつき、離れることはない。
主演に性格俳優として知られる『パルプ・フィクション』(94)、『ユージュアル・サスペクツ』(95)のピーター・グリーン。悪役を演じることの多いグリーンのキャリアにおいて、珍しい一作となっている。『クリーン、シェーブン』は1993年、米国コロラド州テルライド映画祭でワールドプレミア後、カンヌ映画祭の“ある視点”部門やサンダンス映画祭に正式出品されるなど、30以上の国際映画祭で上映。スミソニアン博物館群のひとつであるハーシュホーン美術館やニューヨーク近代美術館、そしてアメリカ精神医学会でも上映され、スティーヴン・ソダーバーグ、ダーレン・アロノフスキー、ジョン・ウォーターズといった監督や評論家たちから、忘れがたき表現性の高さを絶賛された。
日本では1996年にレイトショーのみで公開され、一部の人々の間でその悲惨さと哀愁が終始漂う陰鬱とした作品全体の雰囲気が話題となり、未だに語り継がれるも観ることができない“伝説的作品”となっていた。
精神的に病理を発生した者を主人公に据えた作品を、物語として、一人の人間として、改めて冷静な視点で再評価するに、ついに機は熟した。2021年、我々は25年ぶりに再び怪電波の洪水に溺れ、見えざる者からの視線や思念に慄き、あらゆる可能性に怯え、途方に暮れる時が来た。『クリーン、シェーブン』は心が死んでいる者と、そうでない者を通してこの世の不条理を見つめる、美しく鮮烈で、哀しく、残酷な一作である。
STORY
頭に受信機、指に送信機。男はそう信じていた。施設出所後、男は里子に出された娘を探し故郷に戻るが、図らずも幼児殺人容疑で刑事に追われ、その世界は混迷を極めていく。
STAFF
Lodge Kerrigan
監督・脚本・製作:ロッジ・ケリガン
ロッジ・ケリガンの脚本家/監督としての長編作品には、『クリーン、シェーブン』(93)のほかに、『Claire Dolan』(98)、『Keane』(04)、『Rebecca H. (Return to the Dogs)』(10)などがある。『クリーン、シェーブン』では、長編第1作目の監督デビューでありながら、過剰な演出や劇映画としての定型にはまらない、主人公と彼を取り巻く世界を、静謐かつ哀しくも美しく描き、世界に衝撃を与える。彼の作品は世界中で配給され、カンヌ、サンダンス、トロント、ニューヨーク、MoMAのNew Directors/New Filmsのメインコンペティションを含む数多くの国際映画祭で上映されている。また、スミソニアンのハーシュホーン美術館、アメリカ動画博物館、アメリカ精神医学会の年次大会で展示され、トリノ、ブエノスアイレス、レイキャビクでは回顧展が開催された。ケリガンは、グッゲンハイム財団、ロックフェラー財団、国立芸術基金から奨励金を受けており、世界最古の映画アーカイブであるジョージ・イーストマン・ハウスは、今後の作品を含む彼の全作品を保存対象としている。 最近では、TVドラマでも活躍し、「Homeland/ホームランド」(12)、「ジ・アメリカンズ 極秘潜入スパイ」(14)、「THE KILLING〜闇に眠る美少女〜」(13-14)のエピソードを手掛けたほか、「ガールフレンド・エクスペリエンス」(16-)の共同制作・共同脚本と監督をつとめた。
Jay Rabinowitz
編集:ジェイ・ラビノウィッツ
ニューヨーク大学の映画学科を卒業後、『ダウン・バイ・ロー』(86)にインターンとして参加したのち、『ナイト・オン・ザ・プラネット』(91)、『デッドマン』(95)、『コーヒー&シガレッツ』(03)、『ブロークン・フラワーズ』(05)、『リミッツ・オブ・コントロール』(09)といったジム・ジャームッシュ作品の常連スタッフとして編集を手掛ける。『クリーン、シェーブン』では、主人公の視点と不穏かつ不条理で無慈悲な世界において切迫し行く精神状態を細やかな編集で表現した。その他、その手腕は、『8 Mile』(02)、『ツリー・オブ・ライフ』(11)、『ある少年の告白』(18)、『スイング・ステート』(20)、『The United States vs. Billie Holiday』(21)などで幅広く発揮されている。『レイクエム・フォー・ドリーム』(00)で、フェニクス映画批評家協会とオンライン映画批評家協会で最優秀編集賞を受賞。2012年には、全米映画編集者組合が、『レイクエム・フォー・ドリーム』と『ツリー・オブ・ライフ』を“史上最高の映画編集リスト”に追加。
Teodoro Maniaci
撮影監督:テオドロ・マニアチ
タフツ大学で学士号を取得後、ニューヨーク大学大学院映画TV学科で美術修士号を取得。ロッジ・ケリガン監督との『クリーン、シェーブン』や『Claire Dolan』の後、長編映画、ドキュメンタリー、TVドラマ、CMなど数多く撮影。その中には、第17回サンダンス映画祭 審査員特別賞を受賞した『The Tao of Steve』(00)、コダック賞撮影賞を受賞した『Searching for Paradise』(02)、『バース・オブ・ザ・ドラゴン』(16)などの長編映画やTVドラマ「デッドウッド 〜銃とSEXとワイルドタウン」(05)、「パーソン・オブ・インタレスト」(11-12)、「ウエストワールド」(18)などがある。撮影監督としての仕事以外に、『One Nation Under God』(93)を監督。この作品は、ゲイやレズビアンを異性愛者に変えようとするために使われてきた、右翼的で宗教的な手法の長い歴史について、政治的な分析を込めたドキュメンタリーである。
Tony Martinez
音響編集監修:トニー・マルティネス
ニューヨークで35年以上にわたりポストプロダクションに携わってきた。『クリーン、シェーブン』(93)でのロッジ・ケリガン監督との緊密なコラボレーションに加えて、へクトール・バベンコ監督の『Foolish Heart』(98)、ロバート・フランク監督の『Last Supper』(92)、ポール・シュレイダー監督の『白い刻印』(97)、ニール・バーガー監督『Interview with the Assassin』(02)、ミーラー・ナーイル監督『悪女』(04)などで手腕を発揮している。他のサウンド編集クレジットには、アンソロジー『ニューヨーク・ストーリー』(89)のマーティン・スコセッシ監督による第1話「ライフ・レッスン」、スパイク・リー監督『ドゥ・ザ・ライト・シング』(89)、サム・メンデス監督『レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで』(08)、ダーレン・アロノフスキー監督『レスラー』(08)、ウェス・アンダーソン監督『ファンタスティックMr.FOX』(09)などがある。 さらに、トッド・ヘインズ監督のTVドラマ「ミルドレッド・ピアース 幸せの代償」(11)ではエミー賞にノミネートされた。最近では、デヴィッド・ゴードン・グリーン監督の『ハロウィンKILLS』(21)でダイアローグの監修とADR編集を手掛け、現在、TVドラマ「EVIL」(19-)のADR監修、同じくテレビシリーズ「THE GOOD FIGHT」(21-)の音響監修を担当している。
CAST
Peter Greene
ピーター・ウィンター役:ピーター・グリーン
1965年ニュージャージー州生まれ。1990年代よりTVシリーズに出演し、『Laws of Gravity』(92)でスクリーンデビュー。『クリーン、シェーブン』(93)では、苦悩する主人公ピーター・ウィンターを鮮烈かつ繊細に演じた。『ジャッジメント・ナイト』(93)ではエミリオ・エステベスらと共演、『パルプ・フィクション』(94)では悪徳警官、『マスク』(94)では悪役、『ユージュアル・サスペクツ』(95)でも印象的な怪演を見せ話題作に相次いで出演。『バニシング・ヒーロー』(96)、『トレーニングデイ』(01)、近年では『テスラ エジソンが恐れた天才』(20)とコンスタントに映画出演を続けている性格俳優である。
COMMENT
素晴らし過ぎて、思わず心を引き裂かれる。
忘れられない映画体験だ。
スティーヴン・ソダーバーグ
圧倒的な表現と誠実さに完全に打ちのめされた。
ダーレン・アロノフスキー
本作はあなたの精神に永遠に深い傷跡を残すだろう。
ジョン・ウォーターズ
観客の心から日の光を削ぐことができる映画だ。
ジャネット・マスリン
New York Times
鮮烈。あまりに不穏で心から消すことはできない。
デヴィッド・ケール
New York Daily News
ポランスキーの『反撥』同様、目に映るものを遥かに超えたものがある。
デニス・ダーモディ
Paper
ロッジ・ケリガンによる、厳粛に撮影され、エレガントに演出された『クリーン、シェーブン』は見事なデビュー作だ。
エイミー・トービン
The Village Voice